蒲谷敏彦KOREA REPORT 12月号  

KOREA REPORT (12月号)

―― あるハルモニの死 (前編) ――

 

 ご無沙汰でした。

2003年も歳の暮れ、皆様いかがお過ごしでしょうか。

先月一時帰国の折、柄にもなく買った保坂和志著の『書きあぐねている人のための小説入門』を読んでいたら、

『あなたは全然書きあぐねてないじゃないの』

と家内に言われたのですけど、読んでから書きあぐねてしまいました。曰く、

『私たちの言葉や美意識、価値観をつくっているのは、文学と哲学と自然科学だ。その三つはどれも必要なものだけれど、どれが根本かといえば、文学だと私は思う。・・・・(中略)・・・・

哲学は、社会的価値観や日常思考様式を包括している。小説(広く「芸術」と言うべきだろうが、いまはあえて「小説」とします)も、社会や日常に対して哲学と同じ位置にあり、科学も同じ位置にある。つまり、哲学、科学、小説の三つによって包含されているのが社会・日常であって、その逆ではない。』



食堂アジュマ(おばさん)総出のキムチ作り

 

おまけに人間を書けとか、風景を書けとか、会話が重要とか、ネガティブにしないとか、追想を使わないとか。このKOREA REPORTはもちろん、小説でも芸術でもまして哲学でも何でもないのだけれど、まあいろいろ考えさせられた訳です。馬鹿な考え休むに似たりの喩えどおり、1ヶ月ほど筆というかワープロソフトを休めておりました。ダメ押しでワープロで小説を書くのは、邪道だそうです。その方面を目指しておられる諸兄は黙して肝に命ぜられよ。

 

さて、とうとうイラクでスペードのエース(フセイン元大統領)が出てきましたね。7ヶ月の逃亡の末でしたが、まずまず健康そうで、悪い奴ほどよく眠るとはよく言ったものです。フセインが生きているということは死んでいるより、米国にとっていろいろ厄介なことになりそうだと、韓国人たちは噂しています。大量破壊兵器の行方と共に、米国の戦争は正義だったのか?という論戦が張られるわけです。そして、日本は自衛隊(もともとは朝鮮戦争の折に在日本駐留米軍を朝鮮半島に転出させた際、穴埋めで創られた警察予備隊という名の防衛軍ですよね)の派遣を決定しましたね...

 

 お隣北朝鮮でもビデオで見ているという韓国のTVドラマ『冬のソナタ』(KOREA REPORT2003年8月号参照)が日本で大ブレークだそうです。NHK・BSの再放送が今週から始まりました。初雪(チョッヌン)の日にデートをすると恋が叶う。40余年前の夕暮れ、当社の文常務はソウルの南山(ナムサン)の中腹でベンチに座って彼女が来るのをひたすら待っていました。1年前も2年前も初雪が降ったら会いましょうという約束を信じて、毎年11月23日前後初雪が降りそうな日に南山で待ち続けました。3年目に彼女が本当にやって来て翌朝まで楽しい逢う瀬を過ごし、彼女は家族と一緒に南米はコロンビアに移民してゆきました。今は懐かしい初雪のような淡い恋の思い出だそうです。

 

そんな文常務が久し振りに奥様とキムチを漬けました。これまでは娘さんが奥様のお手伝いをされていたのでしょうが、今春めでたく嫁がれましたので(KOREA REPORT2003年4月号参照)、何十年ぶりかのご夫婦水入らずのキムチ作り(キムジャン)になったそうです。この時期会社はキムジャン・ボーナスを出し、各家庭や食堂は一斉に冬のキムチを漬け始めます。

 

韓国も景気が悪い悪いと言いながら、だんだん贅沢な社会になっています。ソウル近郊の城南市に億ションならぬ億一戸建て団地ができました。米国の高級住宅地ビバリーヒルズもかくあらん、建坪180坪地下1階地上2階の1戸建てが23軒あるそうで、分譲価格は1戸で40億W(約4億円)。西洋風住宅の建築材は、カナダ産木材、イタリア産石灰石、オーストラリア産レンガ、スペイン産瓦、アメリカ産窓などなど。邸内には3000万W(約300万円)もするホームシアターや150本貯蔵できるワインセラー、サウナ設備、ヘルスルーム、ホームバーまであるそうです。

 

 

建設中のソウル市近郊の超高級庭園住宅

 

外国産ばかりで高級感を出した庭園邸宅内に唯一の韓国製品があるそうで、それはキムチ冷蔵庫(ネンジャンコ)。1995年から登場したこのキムチ専用冷蔵庫は、口コミで広がってゆき今では普及率60%。テレビ、洗濯機、冷蔵庫の次になくてはならない家電になりました。キムチは漬けて5日で熟成しその後3日間が食べごろ、それを過ぎると酸味が出てキムチチャーハンやキムチ鍋にしなければなりません。それを−1℃の常温で保存すると4ヶ月から1年間もおいしいキムチが食べられるそうです。

 

昔はアパートのベランダに黒いキムチの甕がいくつも見えたものでしたが、最近はきれいで便利なキムチ冷蔵庫がキッチンにでんと座っています。水曜日の夕方にはKBSラジオでカラオケのど自慢大会みたいな番組があるんですが、優勝者の景品は奥様の憧れの的キムチ冷蔵庫です。

 

奥様といえば、家の奥様と米軍士官が旦那さんのサトミさん(KOREA REPORT2003年1月号参照)が今日南大門市場にお里帰りのお土産を買いに行ったそうで、観光客や買物客でごったがえす市場の中を歩いていると、家内のバックの口が開いていて何だか軽い。横を抜いて行こうとしている同年輩のアジョシ(おじさん)の腕を取って、大きな声で

『アジョシ! モヤァ!(何!)』

黒いジャンバーをはぐると、家内の赤い財布がのぞいていました。慌てて取り返したら、周りの店から

『ソメチゲ(スリだ)! チャバラ(捕まえろ)!』

とお兄さん達の声がかかったそうですが、スリはさっさと群衆の中に消えて行きました。

 

一昨年の夏、ローマの地下鉄でジプシーの女性集団が腕に赤ん坊を抱えながら私のジャケットの内ポケットを探っていたのを助けてくれたのも家内でしたが、まあ頼りになる奥様です。でも腕を掴まれたスリがいきなりナイフや飛び道具を出さなかったのも幸いでした。自分で自分の身は守るというのが海外での常識ですが、サバイバルゲームのようなことはしたくないですね。

 

何かと忙しく物騒な年末、皆様もいろいろお気をつけあそばせ。

ハルモニ(おばあさん)の話はどうなったのか?

またまた無責任な疑問を残しながら、スランプから脱出しつつあるソウル駐在員の与太話は次回に続く。(年内には)

 

            ソウルより 蒲谷敏彦


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