2004 蒲谷敏KOREA REPORT 5月号  

KOREA REPORT (5月号)

―― アジア最高速列車初乗り体験記 ――

 

 桜が散るとソウルは夏になりました。汗を拭いながらこのレポートを書いています。暑くなったり寒くなったりで、体温調節機能が老朽化してきた私達中年には過ごし難い季節です。風邪をひいて体調不全な春です。日本はいかがですか? 

 

イラク人質事件は無事解決して良かったですね。しかし小泉さんが言われたように、『良かったねえ〜』だけで終わらないのが日本の世論のようで、国の制止も聞かずに勝手に行って大勢に迷惑掛けて我々の税金使って、と大ブーイングなんだそうですね。異国で働く者としては、国内にいる方々は普段からいろいろご不満もおありでしょうが、危険に瀕した海外の邦人に対して、もう少し寛大な温かな父母のような眼差しをむけることが出来ないものかとも思いましたが。(しかし、日本政府も今になってイラクは渡航禁止くらい危険だといってるけど、自衛隊派遣時にはあんなに安全だと言っていたのではなかったのか? 安全と危険は紙一重?)

 

危険といえばお隣北朝鮮では大きな列車爆発がありました。金正日さんが中国からの帰り10時間前に通過したばかりだったそうですが、爆撃されたような惨状でしたね。こちらのお年寄りは朝鮮戦争時にはあんな砲撃による穴があちこちに空いていたそうで、変な懐かしがり方をしていました。

 

        

     旧ソウル駅                       新ソウル駅

 

 さて、こちら韓国では4月1日にアジア最高速300Km/時を誇る高速鉄道KTXが開通し運転を開始しました。4月15日は韓国総選挙でもあり、休み(投票日はお休み)を利用してKTX初乗り取材旅行をしてきました。赤レンガの東京駅に模したソウル駅は新鉄道開通に合わせて、モダンですが味気ない緑のガラス張りの駅ビルに変わりました。

 

 10時ちょうどソウル発の釜山行き。期待に胸踊り、30分も前からホームに降りて待っていました。あちらでもこちらでも乗客がKTXの前で記念写真を撮っているかと思えば、さにあらずホームには私達2人だけで何とも拍子抜けです。本来は7月に大邱までの一部開通予定が総選挙での受けを狙って、釜山まで全線開通(しかし大邱からは新幹線ではなく在来線を走らせている)させて、かつ4月に繰り上げたといいます。

 

で、整備不完全なのは周知の事実のようで、開通から故障続き、トンネル内で停車して延々歩かされたとか、ドアの下のステップが閉じなくて30分遅れたとか、高速鉄道ならぬ故障鉄道と揶揄されています。25分遅れると25%払い戻し、50分遅れなら50%、2時間遅れると全額払い戻しだそうで、私達も(払い戻しを)期待半分で15号車に乗り込みました。

 


      韓国国鉄(KR)が誇るアジア最高速列車KTX

 

客車18両連結、前後に動力車が付いて全長388mにもなります。一般客席は左右2席づつで14列、前半分は後ろ向き、後ろ半分は前方向きで中央の4席は向かい合わせになります。これが不評で、後ろ向きで高速で走るので車酔いになる、中央の席は他人と向かい合わせなので目のやり場に困る、弁当を食べる時は相手が寝た隙に急いで食べたなど、不平続出だそうです。おまけに韓国人は踏ん反り返るのが大好きなのに、背もたれが固定で動かないので、以前の特急セマウル号はホントに良かったなあ〜ともう懐古調です。

 

18両の客車のうち4両は特室と呼ばれる1等車で、残りは一般室で後部2両が自由席、ということはほとんどが指定席。韓国では映画でも急行列車ムグンファ号でも演劇でも指定席が常識なのに、国内・国際線を問わず飛行機でさえ、早いもの勝ちのように好きなところに座りたがる韓国人ですから、この指定席に座り終わるまで大抵ちょっとした騒動があります。

 

どのくらいな騒動かというと、今回のKTX編では次の通りでした。私達の斜め前にご婦人と中年男性が2人並んで座っていました。そこへもう一人の中年男性が現れて通路に立ったまま、怪訝な顔で座席と窓の上の座席番号を見ています。やっと決心がついたのか、通路の中年男性が席に座っている男性に、

『そこは私の席じゃないですか?』

『ここは私の席ですよ』

『14号車ですよね』

『そうですよ、14号車ですよ。切符を拝見しますよ...はあ、あなたの席は私の隣ですね』

隣のご婦人がビックリして

『ええ〜 ここは15号車じゃないんですか? 失礼しました!』

と言って席を立とうとしたので、後ろから私達が、

『ここは15号車ですよ』

と声を掛けました。

すると、くだんの中年男性2人が車内の表示を見直して、はあっ...と力なく後ろの車両に移動してゆきました。

 

ありがとうございました、とそのご婦人がお礼を言う間もなく、今度はご年配の母親とその娘らしい中年女性がやって来ました。通路を隔てて別れて座るようになるらしく、

『並んで座りたいので席を替わってくださいませんか』

と頼んでいます。先ほどのご婦人は好い人らしく(まあ、大抵韓国人はこのようなシチュエーションでは鷹揚に席を替わることが多いが)不満も言わずに通路の反対側に移動しましたが、

『荷物をこっちに移してくれないかしら』

と、その娘に棚の上の大きな旅行鞄を反対側に移動させるのでした。

 

さて、そんないつもの面白い席取合戦を見ながら、ホームの売店で買ったKTX記念缶ビールと車内備え付けのKTX記念誌を背もたれの簡易テーブルに広げて、発車はまだかと待っていると、一瞬ビィーンという電機モーター特有の低騒音が響いたと思ったら、KTXはピクリとも動きもしないのに、

『誠に申し訳ありませんが、当列車は故障しましたので反対側のホームに入ってくる新しい列車にお乗換えください』

と車内放送がありました。う〜ん、あまりにも期待通り、嬉しくなってしまう。

 

やっと席を見つけた人、重い荷物を棚に上げた人も、不思議にぶつぶつ文句も言わず、なにかニヤニヤと苦笑いをしながら故障列車を降りて行きます。ホームでは一駅も移動していないのに乗り換えの列車を待つ乗客たちが、やっぱりね、みたいな顔でワイワイガヤガヤやっています。私達も半分笑いが込み上げてきました。そこへ次のKTXが6番ホームに滑り込んできました。ブレーキの音が少し高いです。ホントに大丈夫? そしてまたまた席取合戦が一から始まるのでした。

 

11分遅れで、運転手の遅れて申し訳ありません、最善を尽くします、の宣言どおり私達を乗せたKTXは釜山へ向けて速度を上げて行きます。仏はTGV、独はICE、スペインはAVE。98年にこの韓国新幹線(高速鉄道)の名称公募があって、ZeBis、Z-Train、Spexなどの対抗馬を押しのけて、Korea Train Expressから非常にシンプルにKTXに決定したそうです。

 

思ったより揺れも少なく、静かです。缶ビールも落ち着いて飲めます。トンネルに入ると騒音がひどいとのクレームもあったように聞きましたが、実際に乗ってみるとそれほどでもありません。山陽新幹線の方がうるさいように思いました。対向列車(もちろんKTX)とすれ違う時、わずかに反対側に車体が傾いて、あっという間に(本当にあっという間に)列車が見えなくなるので初めて300キロのスゴサを実感しました。

 

ソウル郊外から韓国中部地方の田園地帯を抜けてゆくと、緑の丘陵に咲いた白い梨の花やピンクの芝桜がきれいです。春の景色の中を走るKTXです。

 

高速鉄道が運転を開始してから、韓国内の距離感が変わりました。当社工場がある地方都市天安や大田はソウルからの完全な通勤通学圏になりました。天安には大学がたくさんあって下宿屋が繁盛していたようですが、今春から商売上がったりだそうです。その代わり、これらの地方からソウル市街に買物や遊びに来る客が増えたので、ソウル市内の百貨店は地方客取り込みのために続々と新装開店中です。


お疲れさんなセマウル号

 

11分遅れを取り戻すために懸命に走っているのが痛いほど分かるアジア最速のKTXですが、天安駅はもちろんのこと、日本で言えば名古屋や京都にあたる大田駅も大邱駅も停車しないですっ飛んで行きます。いくらダイヤ復旧のためとはいえ、停車駅を飛ばすとは大胆な。一体これはどうしたことかと、KTX記念誌をよ〜く見てみると、10時ソウル発釜山行KTXは、日に2本だけのノンストップ直行列車でした。それを乗ってから知ったというくらいお気楽な取材旅行です。(この頃緊張感ないなあ)

 

こちらも新装なった釜山駅に滑るようにKTXは3分遅れで到着し、2時間37分(これで一人41,900W 約4200円)のソウル〜釜山の旅は終わりました。新しく出来た高架橋から下を見るとまだ現役で走っているディーゼル機関車の特急セマウル号が疲れたように停車していました。こちらはソウル〜釜山間を4時間10分かけて走ります。近頃はスローフード、スローライフなどと喧伝されてきていますが、それでも韓国はパリパリ(早く早く)の国なのでまだまだ速いものが美徳の世界のようです。

 

韓国総選挙では弱小与党で大統領弾劾案通過の汚辱まで味わったヨルリン・ウリ党(開かれた我が党)が大躍進して、299議席の大半を占めました。これで憲法裁判所の弾劾審判には有利になったと盧武鉉大統領も胸をなでおろしました。

 


    済州島のヨット乗り(左) 右の人はホテルの支配人

 

そのウリ党候補者を応援していて当選が確定した15日夜からどんちゃん騒ぎで翌朝はビールで二日酔いを癒していた、済州島ヨット連合会会長の梁(ヤン)さんの21フィートのヨットに乗りそこね、盧武鉉さんはいい人だ、ヨットに乗る人(盧武鉉氏も琵琶湖でヨットに乗っていた。KOREA REPORT 03年続6月号参照 )はいい人だ、ヨットに乗るのはブルジョアだと(盧武鉉大統領が)非難されるがヨット乗りのどこがブルジョアですか? そうでしょ? と潰れかけたような西帰浦(ソキボ;済州島の南、03年サッカーW杯のスタジアムもある)港の雑貨屋兼喫茶店で、コーヒーを頂いて、そうです、そうです、海は好いです、と相槌を打った話はまたゆっくりお話しましょう。なにせ、高速鉄道とヨットはハナから速度が違って合いません。

それではそんなスローな話を求めて、また次回。

 

                ソウルより 蒲谷敏彦

 

 

おまけ;高速鉄道には最新の駅、そして最新のコインロッカー

釜山駅で最新型のコインロッカーを見つけました。韓国のコインロッカーはコインをそれぞれのロッカーに入れるんじゃなくて、日本の100円駐車場のように中央にある精算機で何番のロッカーというように指定して払います。といっても、韓国のコインは500Wが最高額ですから、通常は1000W札(約100円)をお札リーダーに入れます。で、今回はそのロッカーを開けるのに指紋読み取り器を使う最新型を発見しました。

 


釜山駅の最新型コインロッカー

 

空いているロッカーに荷物を入れて、そのロッカー番号を入力して四角い穴の中で指紋を読み取らせ、1000W札を払うと施錠されます。荷物を取り出すときは、ロッカー番号を入力して指紋を読ますと鍵が開きます。キーが無いのは便利なようですが、なにかスースーして頼りない感じです。鍵はいつも持っていたいアナログ・オジでした。

 ソウルより 蒲谷敏彦


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