2004 蒲谷敏彦KOREA REPORT続続6月号 

KOREA REPORT (続続6月号)

―― さらば38番 ――

 日本は梅雨入りとのこと、台風6号も接近して大雨のようですね。こちら韓国も来週から入梅とのことですが土曜日からずっと雨で、冬には加湿器をかけても湿度は10%くらいなのに、今日は45%もあります。鬱陶しい季節、皆様いかがお過ごしでしょうか? 6月3つ目のレポートをお送りします。(鬱陶しい?)

 

 プロ野球の近鉄とオリックスが合併するそうで、パ・リーグは五球団制になるのか、それともセ・リーグと統一されるのか。ゆく川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。世の中いろいろ変化があるものです。それで、近鉄の背番号38は山下勝巳選手、オリックスは相木崇選手だそうですが、どちらかは38番じゃなくなりますよね。さらば38番、来年の話ですが。(背番号38で有名なのは、巨人のV9に貢献した末次利光外野手ですが、オジさんしか知りませんね。)

 


       我が家の前を走る38番バス

 

さて、ソウルのさらば38番はバスの話です。夜遅く、我が家のドアベルを鳴らす人がいるので、恐る恐るドアを開けてみると、アパートの管理人が署名活動の回覧版を持って来ました。我が家の前を走る38番バスが廃止されるので、その反対運動なんだそうです。まあ、何でも反対するのが好きな韓国人で盧武鉉大統領も何かと大変ですが、今回の38番バス路線廃止には私も大反対です。

 


今や懐かし赤レンガの旧ソウル駅

 

10余年前、初めての韓国駐在の時には右も左も分からないソウルでの生活。会社に通勤するのでさえ、前任者にアパートからの道順を二度同行してもらった。アパート前のバス停から38番バスに乗って、南大門が見えたら次の停留所で降りて、地下鉄2号線に乗る。環状線の外回りで漢江を渡ったら堂山駅で降りる。バスは5円玉を小さくしたようなトークン(当時250W)で、地下鉄は自動改札切符。買うのに一苦労。その頃のバスは冷房がなくて夏は暑く、よく故障して降ろされた。

 


南大門が見えたら次がソウル市庁前

 

そんな思い出いっぱいで、かつ何より繁華街に出る生活路線バスです。廃止は絶対反対! と早速、38番バスの実態調査に出かけてみました。

 

 我が家から2つ先の停留所、先週の土曜の夜には日本人礼拝のチャリティー・コンサートがあったオンヌリ教会前が38番バスの始点です。わざわざ歩いてそこから乗りました。前乗り先払いのワンマンバスで中央扉から降ります。ソウルの市内バスは公称400以上の路線があると言われており、路線番号でバスを見分けます。行き先や経由地は停留所の路線図や車体の前後左右に表示されたハングルを読むと良いのですが、ハングルを読める韓国人でもそんなひち面倒くさいことはしません。

 

XX(地名) カヨ?(XXへ 行くの?)』

と、大きな声で運転手に問えば、大抵YESの場合は首をタテに、NOなら首を左右に振ります。それでも分からない場合は適当に乗って行って、見慣れたところで乗り換えれば良いのです。近頃は自家用車が増えたし、地下鉄も8号線まで充実したのでバスの利用者が減っています。特にこの38番バスはいつもガラガラです。今日も乗客は4、5人のようです。冬には裸体をさらす街路樹も、今日はスコールを浴びた南洋樹のように、葉を生い茂らせています。車内にはバス路線変更案内が貼ってあります。『7月1日からバス路線と番号が全て変わります』だそうです。高層アパートが林立する東部二村洞の町内を抜けて、バスは漢江大橋を左に見て北上して行きます。

 

龍山電子街(東京でいえば秋葉原)を過ぎると、昔は立体交差のロータリー(周回交差点)があって、歌謡曲にも『三角地ロータリー』と歌われた三角地停留所です。そこを降りると、キャノン砲や爆撃機、潜水艦なども展示した戦争博物館があります。そのまま右に行けばイミテーション物で有名な梨泰院(イーテウォン)ですが、米軍基地を左右に見ながらソウル駅に向かいます。

 


       サッカーW杯では真っ赤になった市庁前広場

 

赤レンガの旧ソウル駅の先を右に曲がると、正面に南大門が見えてきます。ここで降りると南大門市場がすぐです。その先はサッカーW杯の赤い街頭応援で有名になったソウル市庁前です。ここも車道がロータリーになっていましたが、この5月から芝生の公園になりました。世宗路にはその大昔、朝鮮征伐の豊臣水軍を撃破した国民的英雄、李舜臣(イ・スンシン)将軍(生まれは当社天安工場の近くで、この像は戦後日本に向かって邪悪を払うようにとここに建てられました。近頃移転の話もありましたが風水によるとやはりここが良いらしく、そのままになりました。日本からの邪悪がまだ多い?)像があります。

 


除夜の鐘が撞かれる普信閣

 

バスはそこを右に折れて繁華街の鐘路(チョンノ)を行きます。鐘路の名称の元になっている、大晦日の晩には33回鐘を撞く普信閣が右に見え、骨董品街で有名な仁寺洞(インサドン)を左に見て過ぎると、今や東京にも支店があるという総合ファッションビルが建ち並ぶ東大門市場です。不景気なのか? 宅配やクイック・サービスのバイク便が無数屯しています。

 

サッカーW杯の時には、赤い街頭応援で市内の広場はどこもいっぱいになり、その周辺は交通規制でバスも路線変更を余儀なくされました。このような公的な交通規制でなくても、韓国のバスは往々にして自由奔放です。停留所を飛ばすくらいは可愛いもので、停留所でもないのに停まって、運転手が紙コップ・コーヒーを買って飲んだり、知り合いの屋台を冷やかしたり、暑い時はパッピンス(氷小豆)を買い喰したり、公衆便所に停まって用を足したりします。まるで彼の生活に付き合ってるみたいです。

 


京東市場を行く38番バス

 

日本でいえば早稲田大学のような整備された高麗大学正門を眺め、漢方薬なら何でも揃っている京東市場(キョンドンシジャン)の中を抜けてしばらく行くと、外国語大学のキャンパス前を通り、地下鉄石渓駅を過ぎると終点の『ウォルゲ・サンホミソンアパート』です。小さなバスターミナルには、38番はもちろんのこと、38−1や38−2など38番バスの親戚一同が集まっています。でも来月から、38番路線は1222番と200番、103番に3分割され、不便この上ないものに変わるらしいのです。そのためか、黄色だった38番バスは青や緑(赤やオレンジのバスもある)に塗り替えられて、転職後(路線変更後)の次の人生の準備をしているのでした。

 


終点でくつろぐ38番バス達

 

『どうしてそんなに写真を撮ってるんですか?』

バスターミナルの事務所から運転手に報告(チクった?)を受けた、頭の毛の少ない管理職のアジョシ(オジサン)が怪訝そうな眼で問い掛けてきました。

『チョヌン、イルボン・サラム インデヨ (私は日本人なものですから)』 韓国ではこれは便利なおまじないの言葉です。読者の皆様も来韓時には、『ファージャンシル オディエヨ (化粧室(トイレ)どこですか)』 と一緒に覚えてから来ましょうね。

『ウリナラエソヌン...(我国ではバスの中からの撮影は禁止されております)』 とは言わなかったので、あの〜、来月から38番バスがなくなるというので、記念撮影をしていました。と応えると、首から身分証明カードを下げた管理職はニコニコしながら事務所に帰って行きました。

 

少し前なら即逮捕の上カメラ没収か、良くてフィルム没収になるところ。デジカメだとメモリースティック没収でしょうか、それともその場で全メモリ削除? 地下鉄構内、空港、港湾、飛行機からの写真は全て禁止だった国です。近年でもイスラエルやヨーロッパの国々ではバス爆破テロが頻繁に行なわれていますから、その下調べの写真を撮っていると思われても仕方ないような...38番バスの始点から終点まで乗り続け、写真を撮り続けたホントに怪しい乗客でした。

 

ソウルでバス爆破テロがあると一番に疑われるだろうなぁと思いながら、2つのベッドタウン、3つの市場(南大門市場、東大門市場、京東市場)を結び、4つの大学(淑明女子大、高麗大学、外国語大学、ソウル産業大学)の通学路になり、おまけにソウルの3大赤線地帯の内2つ(何ですな、江戸で言えば吉原遊郭、オランダの公娼街、飾り窓の女が居るところですな。ピンクの灯りに照らされた白いホットパンツや黒のチャイナドレスを着た、綺麗風なお姉さんがおいでおいでしているとこです。38番バスはその龍山(ヨンサン)駅前と清涼里(チョンヤンリ)駅前を通ります。この公娼街もそろそろ廃線?の予定とか。これを結んでどうなるということもないけれども。)まで繋いだ、走行距離21.7Km、所要時間1時間45分、700W(約70円)の片道切符市内バスの旅を振り返りながら、我が家に地下鉄で帰ったのでした。帰りは45分。やっぱり地下鉄のほうが便利みたい。

 


廃止される38番バス路線図(左下から右上への緑の線) 

 

ソウルはますます便利になるのか、それとも不便になるのか? 少なくとも韓国情緒は次第になくなってしまうような...

そこのところはまた来月詳しくお話しましょう。

                ソウルより 蒲谷敏彦


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