蒲谷敏彦KOREA REPORT  6月号  

KOREA REPORT (W杯特別号 前半)

さあ、いよいよ始まりました。2002 FIFA WORLD CUP  KOREA/JAPAN

あなたはどこでどなたと見られましたか? イルボン テ ベルギエ(日本対ベルギー)

 

『日本は何時からですか?』

6時から』

『じゃあ、3時には工場を出ないと...』

『そう、韓国も830分からだね』

資材部の柳次長(ユ・チャジャン)が車を運転しながら、帰りの予定を考えています。今日は天安工場で生産会議があるので、ソウルから高速道を通って天安に向かう途中です。日本も韓国も大切なW杯初戦、二人とも早く帰ってTV観戦しようと話し合いました。

 

予選突破して、シンユッカン(16)になれるかどうか? 韓国は日本より弱いし予選グループがポルトガル、ポーランド、アメリカと強いところばかり。日本は近年強いし、対戦相手がベルギー、ロシア、チェニジアで楽勝でしょう。出来たら一緒にシンユッカンになれたら良いけど... W杯開催国で決勝にこれまで進めなかった国はないそうです。韓国心配です。韓国人と話すとこんな話になります。ところが5月下旬のフランスとの練習試合で韓国は惜敗しましたが、前半2−1とリードしたときには大変な喜びようでした。

『これは夢ではありません。現実です』

TVのアナウンサーが絶叫していました。これで韓国もチャシムカン(自信感)をつけたので、W杯も大変盛り上がってきました。日本では実況中継がNHKだけのようですが、韓国ではKBSMBCSBSと多いときには3局が同じ試合を放送しています。おかげで日本である試合も韓国である試合も全試合見ることが出来ます。おばさん達には不評で見たい連続TVドラマが全然見えないと文句が出ているそうです。それでも家内が週3回通っているエアロビ教室でもおばさん達の話題もシンユッカンですし、今日工場への道すがらに見た高層アパートには、全戸に太極旗(韓国の国旗)が揚がっていました。皇国の荒廃この一戦にあり状態です。

 

こちらの新聞は日曜日が休刊になりますが、W杯期間中はどうやら発刊するようです。また、TVも通常ウィークデイの昼12時から1730分までは放送休止でしたが、こちらもW杯中試合中継の為連続放送のようです。だんだん、ムードが盛り上がってきました。

 

そんなある日、愛媛県商工流通課のM氏からEメールが来ました。

『この度、愛媛県新居浜市の太鼓台が日本を代表してワールドカップ前夜祭に出演することとなりましたので、お知らせします』

NHKの朝7時のニュースに一瞬出ましたので、見た方もあるかも知れません。蚕室(チャムシル)漢江市民公園で行われた、心はひとつ世界民族祭に新居浜からはるばる太鼓台が1台やってきました。総勢150名。水曜日にやって来て、木曜日に太鼓台をかいて、金曜日にはW杯開会式も見ないで帰られたそうで、ご苦労様です。

『イギョラ ハング!(勝て 韓国)、頑張れ 日本! そりゃ、そりゃ!』

生憎の小雨混じりの強風のなか、太鼓台を捧げや捧げ。たっぷり1時間、広場をあっちにこっちに練り上げました。私は四国に居たのに新居浜の太鼓台をこれまで見たことがありませんでしたが、まさか韓国ソウルで見ようとは思いませんでした。

新居浜の太鼓台

たった今、韓国がポーランド相手に初得点しました。アパート群全体から釜山スタジアムと同じように大きな歓声があがっています。

『この世紀の一戦、あなたはご家族と家で見られていますか? それともどこかに大勢集まって見られていますか?』

アナウンサーの出だしの一言そのままに、それぞれのアパートの部屋に集って

『オー コリア オー コリア オオー コリア ウォウォウォウォウォ』

などとやっています。釜山の海雲台、ソウルの光化門前などの広場、公園、通りには大型TVが設置され、赤のユニフォームを着たサポーターや一般市民が集まって全国民が心をひとつにしての大応援です。道路には車一台通っていません。ただピザ配達のお兄さんのバイクが通り過ぎてゆきました。

 

そういえば、いつもは渋滞で大変なソウル市内も、開会式前日はナンバープレートの末尾が偶数の乗用車は通行禁止、開会式当日は奇数の車は禁止というW杯期間中自動車2部制が実施されたので、慢性的な交通渋滞も嘘のように解消されました。ずっとすれば良いのに。それでもFIFAなどの開会式関係者は、臨時貸切地下鉄車両でソウル競技場に移動したそうです。貸切地下鉄とはすごい!

 

予定は予定、天安工場を出たのは4時を過ぎてしまいました。おまけにW杯期間中、高速道路は片側4車線の中央1車線がバス専用道路になっていました。3車線は大渋滞でノロノロ動いたり止まったり状態で、その横を高速バスが猛スピードで走ってゆきますし、心無い一般車もバス専用線に進入して行きます。そうなるとどうなるか? あちこちで交通事故が発生して、ますます一般3車線は渋滞してしまいました。6時近くになって京釜高速道路上で私がヤキモキしていると、柳次長がラジオを調整してくれますが、TVでは3局もしているというのにラジオはどこも実況放送していません。

 

今また、後半ユー・サンチョルが2点目をあげました。アパートのあちこちから嬌声が聞こえます。家内は団扇を強打してて壊してしまいました。

 

柳次長が助手席の下に手を入れてゴソゴソしていると思うと、バッテリーあるかなと言いながら、なんと液晶テレビを出してきました。まるでドラえもんのポケットみたい。2インチの液晶画面に日本対ベルギーが映りました。責任感の強い柳次長は、サウジアラビアはドイツに大敗するし、トルコはブラジルに惜敗、中国は今日コスタリカに負けたので、後は日本と韓国しかいません。アジアの名誉の為に共に戦いましょうと言っています。

 

昔、今夜と同じように天安工場から6人の韓国人と1台の乗用車に乗ってソウルに帰る途中、韓国対日本の女子バレー戦をラジオで一緒に聞いたことがあります。最初の2セットは日本が勝っていて、

『日本はやはり、強いですね』

と話していた韓国人達が、2セットを取り返して最後のセットも大逆転で取ったときには大変なはしゃぎようで、車内で唯一の日本人である私は

『やっぱり韓国のほうが強いよ』

というのが精一杯でした。

 

そんなことを時々白黒になったり、二重どころか、三重にも四重にもなる画面を見ながら思い出しました。一生忘れないだろうな今夜の試合も。京釜高速道路上で柳次長と小さなカシオの液晶テレビで見たベルギー戦。TVを手でずっと持っていて疲れたことも。いい試合でしたね。大きなベルギー人を相手に2−2の引き分けなんて良くやりましたよね、日本。でも

『アシウン(心残りな)試合でした』

と韓国人アナウンサーが言っていました。同感です。

 

『クンナッスムニダ(終了しました)』

『チョーンマル チャランスロプスムニダ(本当に誇らしいです)』

韓国がポーランドに2−0で勝った瞬間です。

『イッギョッタ! イッギョッタ!(勝った! 勝った!)』

道路に急に人も車も出てきて、絶叫とクラクションがエール交換しています。

今夜は韓国が燃えています。

 

また、日本のW杯初勝利はおあずけになりました。明日は会社で韓国の48年間待っていた初勝利を素直に祝福しましょう。少し悔しいけれど...  (後半につづく)

ソウルより 蒲谷 

 
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